古代の巨石文化を伝える史跡が息づく右京区 (えもと)
2026.09.30
えもとかよこ議員(右京区)
右京区太秦は、国指定の史跡である蛇塚古墳・天塚古墳などの前方後円墳や、広隆寺や木嶋神社などの有名な寺院・神社などが数多くあります。古墳時代の遺跡は大小200を超え、平安京遷都以前の京都を知る良好な資料となっています。
5世紀後半に朝鮮半島から移住した秦一族は、新しい土木技術を用いて葛野川(現在の桂川)に大堰を築き、葛野一帯に開発を進めました。蛇塚古墳は京都府下最大の石室を持つ古墳で、すぐ近くにある天塚古墳などとともに古墳時代後期の7世紀ごろ築造されたと考えられる全長71mの前方後円墳で、秦氏一族の墓ではないかと言われています。
今まで外からは何度も見てきましたが、今回、京都市文化市民局文化財保護課に申し込み、石室の中を見学しました。蛇塚古墳の名称は、かつて石室内に蛇が多く生息していたので、この呼び名がつけられたもので、石の間に蛇がいないか、覗き込んでしまいました。大小30数個の石を積み重ねて構築されていて、外からではわかりませんでしたが、玄室の中は広くてびっくりしました。石室全長17.8m、玄室長6.8m、玄室幅3.9m、玄室床面積25.8㎡です。
ともに見学した太秦在住の方は、巨石の石質はチャートと呼ばれるもので、太秦付近には存在しないが、保津峡では普通に見られ、保津峡から桂川、古墳のそばを流れる現在の西高瀬川を船で運んできたのではないかと言われました。大正時代の地図も見せていただきましたが、今は周囲を住宅が立ち並んでいますが、古墳は西高瀬川に接していました。西高瀬川から古墳を眺めていると歴史のロマンを感じました。
その後、蛇塚古墳とともに北陸新幹線桂川案概略ルート帯の中にある垂箕山古墳を回りました。宮内庁が管理しているので中には入れませんが、急峻な崖の上にあり、土砂災害特別警戒区域となっています。歴史が息づき、多くの住民が暮らす右京区の地下に北陸新幹線を通すなどありえません。
