かとう広太郎 議員
06年10月 6日(金)
公明党提案の「市職員の前代未聞の不祥事に対する決議案」に対する反対討論 06年9月定例市会 閉会本会議討論
日本共産党は桝本市長の辞職は当然の立場から「辞職勧告決議案」を提案しました。公明党が提案しています「市職員の前代未聞の不祥事に対する決議案」は、市長の責任を問わず、逆に「信頼回復を図るために、出直しを強く要望する」激励決議であって、市民の声にまったく逆行するものであり、私は、日本共産党京都市会議員団を代表して反対討論を行うものであります。
第一点は、大変異常なことと言いながら、「十年間の逮捕者は六十二名にのぼっている」と、市全体で九〇名であるにもかかわらず、市長部局に限定して六十二名と少なく見せて、市長の責任をできる限り小さく見せて市民をごまかしている問題です。
これでは「市民の怒りは頂点に達し、京都市への信頼は地に堕ちた」と言葉だけですます、まさに「仏つくってたましい入れず」の公明党案は、ごまかしではありませんか。
第二は、特別委員会審議で明らかになった点を「大綱としての甘さ」「職員倫理やプロ意識の欠如」「幹部職員の危機管理意識の欠如」をあげています。
問題になったのは、同和地域住民の生活改善・地位向上等として始まった優先採用が、運動団体に丸投げされ、公務員採用としての市の責任を放棄して、同和団体幹部の私腹こやし、闇の世界の進入を許したこと、処分者を再度雇用するなど、数々の問題点ではないでしょうか。同和タブーが依然として存在するのは、「解同」内部組織の企画推進委員会に多くの幹部が出席し、「同和行政の終結をせまる」市会決議の見直しを約束して、選考採用枠を維持するなど、「解放同盟」に屈服した桝本市長の十年だったということです。解放同盟に屈服し、癒着し、許される範囲での改善が市全体にはびこることにより、同和タブーが今でも職場全体に蔓延していることが次々と明らかになったにもかかわらず、何も問題がなかったかのようにしていることです。「幹部職員の危機管理意識の欠如」を前面に出して、職員に責任を押しつけて市長の責任を問わずに、免罪することは到底許されません。
第三は、「待機時間が多い」と指摘されてきたまち美化事務所の作業員の仕事量も増やさず、大人数を休憩室に待機させる例や、四人が懲戒免職になった市民美化センターも、業務に何の支障もきたさないような職場として長期間放置したことにみられるように、市民の目の前に見えないように隠しさえすれば良いといった事なかれ主義が多くの職場に存在していることです。
「一月に三日働けば良い」と同和団体幹部の推薦で公務員になり、それを後ろ盾に、三十二年間も「運転しない運転手」を実行していたのを黙認して、放置するだけでなく、昇格させたのも桝本市長です。こんなことに目を向けないで、公明党の決議案は、「幹部登用に於ける人材育成についても実務の訓練不足」と指摘することでカモフラージュしているのがこの決議案ではないであります。
第四は、「処分についても国をリードするような独自基準の研究」を求めていますが、「膿をつくりだす病根」に手をつけないで、罰則だけを強化することで不祥事問題が根絶できるとでも思っているところに、この決議案の甘さと市長責任を免罪しようとする姿勢がありありとでています。
市長はこれまでも臭いものにふたをしてきました。日本共産党は、ポンポン山の四十七億円の買収事件では市民の税金のだまし取りが「どのように、なぜ、おきたのか。」市長には解明する責任があるとして、「なぜやらないのか」と何度も求めてきました。この事件は裁判でも二十六億円余の返還が求められたにもかかわらず、その解明はいまだに行われていません。これだけでも市民の信頼は大きく損なわれています。公明党は与党会派とともに、この事件でも全容解明を求めるわが党の提案にことごとく反対してきました。
今回の一連の犯罪・不祥事についても公明党は肝心の同和問題にはまともに触れてきませんでした。「大綱に甘く対処する」ことで事実上幕引きし、市長の責任を免罪するこの決議案は不祥事根絶を願う市民の声に逆らうもので、到底認めることはできません。以上のことを指摘し、私の反対討論とします。